リアル まちの居酒屋
昨日近所の居酒屋で帰ろうとしていた頃に、お金持ちそうなおじさまがふらりとやってきた。
もう何処かで引っ掛けて来たのだろうね。べらんめえ口調でご機嫌な顔をしてる。
山高帽に、素人目からしても良い生地のフルオーダースーツ。手縫いのステッチの色がよく目立つ。
そこの居酒屋は、家族経営だと思うのだけど、お母様らしい上品な方と姉妹。3人で切り盛りしていて、カウンター8席に残っていたのは私のほかに3人組の美女集団(アナウンサー!)のみ。
ラストオーダーは過ぎていたのに無理やり入ってきたおじさんに、店の姉妹は明らかに迷惑そうに対応していた。笑
私はこの手のおじさんに何の嫌悪感も感じないので(むしろ仲間?)会話をする。
お酒を呑んであったまったのか、上着を脱いだおじさん。
「ねぇちゃんかけてくんねぇ?」
と、私の後ろのハンガーを見ながら上着を渡してきた。
おー。すごい。さすがの総裏、テッカテカ。ブランド名が書かれた裏生地。とにかくテッカテカ。
「いいスーツですねぇ」
「俺は、食いもんと着るもんにはうるせんだよ」
「手まつりじゃないですか。高そうだなー」
「たけぇんだよ。」
ごきげんそうだ。ぽこんと出たお腹が目立つ。
私が携帯でメールをよんでいると、焼酎を呑みながら目だけこちらにぎょろりと向けながらおじさんが言った。
「俺はよー、こういうもんが大嫌いなんだよ。海外のやつらはこんなに頼ってねぇぞ。大体、相手の目を見なきゃわかんねぇんだよ。これから、心配で心配でたまんねぇんだよ」
「まぁ、便利なものを使うことは今も昔も変わらず、至極当たり前のことですよ。弊害はあるでしょうけどね、淘汰されてきますよ。」
「こんなんじゃ、こいつがどんな奴かわかんねぇんだよ、おれは嫌だな」
「まぁ、言いたいことは分かりますけど、鉄砲出来たばかりのころは、きっと俺らの時代は、手を汚して戦ったもんだ。とか、言ってたと思いますよ。今の技術や進化を嘆いていてもしょうがないですよ。」
「まぁ、間違ったことはいってねぇな。」
おじさん、食って掛かってくるかと思ったら案外素直な人なんだな。と思った。
よく見たら、まぁるい目がかわいらしい。
「俺はよ、20分もあれば相手のこと分かるね。目ー見て話してりゃよ、相手の目ーみてりゃよ。わかんだよ。そいつの生い立ち、家庭環境、現状、性格。俺よ、もう65になんだよ。」
「何か商売されてるんですか?」
「おう、俺は生まれも育ちも麻布なんだけどよ。商売してんだよ。相手に騙されないようにしなきゃなんねぇからな。こんなやつはたよらねぇんだよ。」
おじさんは、らくらくフォンをパカパカしながらクダヲマク。
「どんな金持ちだってよー。親から虐げられてきたやつ、世の中なんにもしらねぇやつ。色々いんだよな。」
そうだな。色々いるし、色々あるなぁ。と思いながら
「御苦労されてきたんですね。」
って言ったらね。
おじさんは目を真っ赤にさせて、みるみるうちに涙がたまって急に泣き出したの。
「おねぇちゃんいくつだ。」
「33です」
「俺はよ、そんじょそこらのガキには想像もできねぇくらい苦労してんだよ。我慢してんだよ。」
もう、顔がまっかかを通り越して赤黒くなってきてる。
しばらく会話して、涙もおさまったおじさん。
お店の人も、あきれ顔をしていたので、私はお会計をして帰ってきた。
「もう行っちゃうのかよ」
「明日早いんですよ。また会いましょうね。」
まちの居酒屋は、こうして出来上がるのですよ。
それにしても、おじさん。
泣くなよー。